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ワールド大阪ロータリーEクラブ
会長 中西 教之(自動車販売業)
【当クラブが支援する関西学生少林寺拳法大会】
6月の終わりに 第63回 関西学生 少林寺拳法大会に
ご縁をいただき、来賓として出席させていただきました。
実はこの大会、私たちの**ロータリークラブ(国際ロータリー ワールド大阪ロータリーEクラブ)**としても
支援させていただいております。
私自身も高校時代は柔道に打ち込んでいたこともあり、
真剣な眼差しで技に向き合う学生の姿を見ていると、
当時、柔道場で汗を流した日々を思い出します。
「若さに勝るものはない」
この瞬間、この経験は、きっと一生の宝物になるはず。
どうかこの一瞬一瞬を大切にしてほしい。
そんな思いで会場を後にしました。
若き挑戦者たちへ、そして支えておられるすべての皆さまへ、心からの敬意を。
本当に素晴らしい大会でした
実は、この少林寺拳法。。。調べてみると日本が発祥の地らしいです
少林寺拳法(しょうりんじけんぽう)は、1947年(昭和22年)に日本で創始された新興武道である。
創始者は宗道臣で、宗は嵩山少林寺の門派の1つである北少林義和門拳の第21代正統継承者であり
少林寺拳法は少林拳を参考に再編された。(ウキィペディア調べ)
さて、こういうことも 我がロータリークラブが関西学生少林寺拳法大会を支援してなければ
知らなかったこと。。。 やはり、こうやってロータリー活動を通じて見識を深めるって大事だなと
改めて思いました


ワールド大阪ロータリーEクラブ
SAA
永井 純(服飾企画・製造・販売)
SAAより、ワールド大阪ロータリーEクラブ第670回例会の出席報告をさせて頂きます。■会員総数:25名
■今週の出席:25名
■今週の出席率:100%
以上です。
幹事報告
ワールド大阪ロータリーEクラブ
幹事
角谷 智志(生命保険代理店業)
・各位メッセージボードをご確認ください。


ワールド大阪ロータリーEクラブ
小田 健二(求人広告業/人材紹介業)
皆さま、こんにちは。
毎日暑すぎる日が続いていますが、お元気にお過ごしでしょうか。
最近は春や秋があっという間に過ぎて、気がつけば“いきなり夏”とか“いきなり冬”という感じで、四季の移ろいを感じにくくなっていますね。
以前はもっと、ぽかぽか陽気に「春」を感じたり、肌寒い風に「秋」の訪れを感じたりと季節の始まりや終わりを目や耳、肌で感じてワクワクしたり、寂しくなったりしたものですが。
思えば気候だけではなく、人々の暮らしも大きく変わりました。
本日は「不便さがよかった時代」というテーマで、少し懐かしい気分になれたらと思います。
私は現在46歳、物心ついた頃は昭和の終わり、小学生の頃に平成を迎えました。
今より色々と不便だったけれど、人の距離が近くて温かかった時代でした。
時代は令和になり、さまざまな技術の進歩、物が溢れて本当に便利な世の中になりましたが、反面、昔にはあった失くしてはいけないものをどんどんと失っていってると感じさせられます。
■「待ち合わせは信じて待つ」
小、中学生のころ、友達と駅前、公園、近所の駄菓子屋など色々なところを集合場所にして待ち合わせをしました。
携帯電話などない時代、いまのように「ごめん、5分遅れる」とLINEで連絡なんてできません。
よく成り立っていたなと思いますが、場所や時間を決めて約束は守る。当たり前のことですが、こんなところからもその感覚は育っていたのかなと思います。
待っても来ない時は家まで迎えにいって「〇〇く~んあーそーぼー!」なんて言ってましたよね(笑)
■「家の電話は“家族の共有財産”だった」
上でも書きましたが、携帯電話などない時代、何か用事があれば相手の家に電話をかけるのが当たり前でした。
仲のいい友達の家の電話番号はほとんど暗記していました。
中高生の時、恋人と「何時にかけるから出てね」なんて約束をして、電話をかけると相手のご両親が出てしまい気まずい雰囲気に...なんて経験がある方も少なくないんじゃないでしょうか。
そんな経験があったから、自然とコミュニケーション能力も養われましたし、礼儀も身に付きましたし、家族間での会話や行動共有もできました。
不便だったけど、“人間関係が家族ぐるみ”だった時代。今より不自由だったけれど、そこには温もりがありました。
■「手紙やプリントの時代、親の手が加わる時間」
小中学校では、連絡は基本「連絡帳」と「プリント」。親が書いて、子どもが渡す。
「忘れずに渡した?」「ちゃんと先生に見せた?」と、親と子の間にやり取りが生まれる構造**がありました。
今はメールやアプリで直接先生と保護者がやり取りしたりする。便利ですが、「子どもが間に入る」という体験が減ったのは、少し寂しいようにも感じます。
■「テレビの録画は“本気”だった」
録画予約というのは、もはや家族の“イベント”でした。
「この番組、上書きしていいの?」なんて確認し合いながら、テープにラベルを貼り、慎重に予約ボタンを押す。
1時間番組を録画するのに、何分もかけて準備していた。でもそれだけに、「その時間」を大事にしていたように思います。
私には兄がいるのですが、兄がアルバイトで留守の間に録画を頼まれていたのをすっかり忘れて取り逃した時には、兄が帰ってきた後のことを想像して生きた心地がしなかったのを今でも覚えています。
今は24時間録画ができるレコーダーや、見逃してもサブスクで後から見られるので便利です。でも、「録り損ねたらもう見られない」というドキドキ感や、家族全員で録画を見返す楽しみには、不便な時代ならではの「共有の温度」があったなと思います。
■不便だからこそ人のつながりが多かった
今よりも助け合いが多かった時代、自宅の鍵を忘れて家に入れずに困っていると、近所のおばちゃんが「うちにおいで」と声をかけてくれて、お茶やお菓子を出してもらって親が帰ってくるまでおばちゃんの家でくつろぐなんてことがよくありました。
当時は、近所の人たちはほとんど顔見知り。外で遊んでいると、「〇〇ちゃん、そろそろ日が暮れるから帰りや」や「お母さんさっき帰ってきてたよ」などと声をかけてもらえることもありました。
町内の連絡事は回覧板でしたね。ピンポンを鳴らして、玄関先で「こんばんはー」などと一言交わして順番に回していました。
そんな些細なことも“お互いの存在を感じるきっかけ”になっていました。
今では防犯的に考えられないことですが、多くの家が昼間でも鍵をかけずにいて、玄関のドアを開けたままの家も珍しくありませんでした。
それだけ地域の繋がりがしっかりしていて、お互いが自然に見守り合っていた時代だったんだと思います。
■おわりに
令和の今、テクノロジーはすさまじい勢いで進化しています。
スマホ、AI、キャッシュレス、オンライン会議、IoT家電…。
生活は格段に便利になり、時間もお金も効率よく使えるようになりました。
でもその反面、「人との距離」がとても遠くなったように思います。
今日の1曲はこちら
「こんなこといいな、できたらいいな」とドラえもんで描かれていたような世界が現実になってきて思うのは、少しくらい不便が残っている世界の方がが幸せなのかもしれません。
便利さの代わりに失った多くの「不便」が懐かしく、昔の方がよかったと思うことが沢山ありますが、あのころに戻ることはもうできません。
だからこそ単に昔を懐かしんだり寂しがるのではなく、“便利”が当たり前の令和に生きる今だからこそ、不便さの中にあった「人のぬくもり」や「人のつながり」、「ひと手間の価値」を見つめなおして、これからも大切にしていきたいなと思います。
本日はご清聴ありがとうございました。

