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ワールド大阪ロータリーEクラブ
会長 定成 みず希(ソフトウェア/インターネット)
会員全員がスウィングするクラブへ
――カウント・ベイシーから考えるリーダーの仕事と奉仕
皆さん、こんにちは。
今日は、完全に私の趣味の話で恐縮ですが、一本の映画の話から始めたいと思います。
『カウント・ベイシー』という映画です。ジャズのピアニストであり、バンドリーダーでもあった人のドキュメンタリーなのですが、観ようと思っていたのに、見逃してしまいました。
さて、どうしよう。どこかで観る機会はないかな、と気になっています。
公式の紹介を読むと、演奏だけでなく、家族が撮った映像や手紙を通して、舞台の外のベイシーにも触れる映画だそうです。
まだ映画の感想はお話しできませんが、それをきっかけに、改めてこの人について調べてみました。すると、音楽の話が、会長としての自分への問いにもなってきたんです。
カウント・ベイシーは、1904年にアメリカで生まれ、1930年代に自分の楽団をつくりました。スウィング・ジャズという、思わず体が動き出すような音楽を代表する存在です。

ジャズピアニストというと、ものすごい速さで鍵盤を弾く姿を想像されるかもしれません。
ところが、ベイシーの演奏には、驚くほど音の少ないところがあります。
ポン。
少し待って、
また、ポン。
その短い音が、実にいいところに入る。
いわゆる引き算の美学と言いましょうか、音数は少ないのに、存在感がある。そのひと言で、周りの音まで生き生きしてくるように感じます。
もちろん、弾く力があるうえで、音を選んでいるわけです。弾かない時間も含めて、音楽をつくっているように聞こえます。
私も下手ながらジャズを演奏しますが、この「少なく弾く」というのは、なかなか難しいことだと思います。
音が空いていると、つい何かを足したくなる。自分も参加していることを、音で示したくなるんです。
でも、こちらが埋めてしまったところで、隣の人が何か面白いことを始めようとしていたかもしれない。
相手の音を聴く。少し待つ。そのうえで、必要な音を置く。
会話でも、相手が話し終わる前に、こちらが答え始めてしまうことがあります。音楽でも、似たことが起きるのだと思います。
自分が言いたいことを少し待つことで、相手の言いたかったことが聞こえてくる。その受け渡しがうまくいくと、演奏全体が気持ちよく動き始めます。
もちろん、ベイシーさんが一人でスウィングを生んでいたわけでは無いとは思います。
ベース、ドラム、ギター、そして管楽器。それぞれの人が互いを聴きながら、全体の流れをつくっていると思います。
半ば無理矢理かもしれませんが、私はそこにリーダーの仕事を感じます。憧れももちろんありますが・・・。
優れたリーダーは、全部を自分でやる人ではなく、周りの人が力を発揮できる状態をつくる人なのではないでしょうか?と考えるきっかけをくれました。
ロータリークラブにも、幹事がいて、委員長がいて、さまざまな経験や専門を持つ会員がいます。
会長が先に全部決めてしまえば、話は早いかもしれません。でも、それでは出てこないアイデアもあるでしょう。
会長の考えを実行してもらうだけになってしまうと、せっかく集まっている皆さんの力を、十分に生かせないように思います。
目的を共有する。必要な情報を渡す。困っているところがあれば支える。そして、その人が自分で考えて動ける余白を残す。
ただ、任せたあとは知らん顔、ということでもありません。うまく進まないときには相談に乗り、決めるべきところでは責任を持って決める。
任せることと、支えること。その両方が必要なのだと思います。
さて、ベイシー楽団は、多くの音楽家にとって、仕事をし、才能を発揮する場所でもありました。
その一人に、サックス奏者で作曲家のフランク・フォスターがいます。

1953年に楽団に入り、ベイシーに励まされながら、自分の書いた音楽を楽団で演奏してもらいました。「シャイニー・ストッキングス」という曲は、その代表的な作品です。
自分の考えた音楽を、目の前で仲間が音にしてくれる。
演奏する人間として、これは大きな機会だと思います。頭の中で考えているだけでは分からないことが、実際に音になると分かる。そこから、また次の工夫が生まれます。
人を育てるというと、何かを教えることを考えます。
でも、実際に任せてみること。自分の考えを形にできる場所を渡すこと。それも、人を育てることなのですね。
ただ、その舞台を考えるときには、当時の社会にも目を向ける必要があります。
アメリカでは、黒人であることによって、泊まれる宿や食事のできる店が制限される時代がありました。地域や時期で状況は異なりますが、演奏旅行そのものに大きな困難があったわけです。
黒人が利用できる施設を記した旅行案内書が、『グリーン・ブック』です。
映画『グリーンブック』もありましたね。ピアニストのドン・シャーリーと運転手の、南部への演奏旅行を描いた作品です。

また、ベイシーの奥さん、キャサリンさんは、公民権や福祉に関わる活動をしていました。こちらは、奥さん自身の大切な仕事です。

カウントベイシーさんとキャサリン・ベイシーさん
この奥さんの話や『グリーンブック』についても、機会があれば、改めて掘り下げてみたいと思います。
今日は、そうした時代の中で、音楽家たちが働き、自分の力を世の中に届ける場所があった、ということを考えたいと思います。
ベイシーを、何もかも立派だった人物としてお話しするつもりはありません。ただ、彼の楽団が、多くの音楽家の仕事と創作の場になったことには、大きな意味を感じます。
ここからは、私自身の受け止めです。
人が活躍できる場所をつくることも、奉仕につながるのではないでしょうか。
奉仕というと、寄付をする、ボランティア活動に出かける、という場面がまず浮かびます。それらは、もちろん大切です。
一方で、私たちの日々の仕事にも、人を支える機会があります。
若い人に技術を伝える。経験の少ない人にも挑戦を任せる。その仕事を正当に評価する。
自分ならすぐにできることでも、相手が覚えるまで待ってみる。質問されたときに、忙しいからと終わらせず、一緒に考えてみる。
そういう積み重ねが、その人の仕事をする力になっていくのだと思います。
人を雇えば、それだけで奉仕になるということではありません。相手を一人の職業人として尊重し、公正に接し、その人の力が伸びるように関わる。
そういう姿勢は、私たちの職業奉仕にも通じるのではないでしょうか。
地域での活動でも、同じことが言えそうです。
若い人に「手伝ってください」と頼むだけでなく、「どうしたらよいと思いますか」と聞いてみる。
作業を渡すだけでなく、考えたり、判断したりする機会も渡してみる。
こちらには思いつかなかった方法が出てくるかもしれません。そのときには、私たちのほうも、相手から教わることになります。
そういう関係ができれば、活動は、参加する人みんなのものになっていくのではないかと思います。
そして、ベイシーには、もう一つ考えさせられることがあります。
本人は1984年に亡くなっていますが、カウント・ベイシー・オーケストラは、今も活動を続けています。次のリーダーと奏者たちが、その音楽を受け継いできたのです。名前が残っているだけではありません。今日も誰かが楽譜を開き、仲間と音を合わせ、お客さんの前で演奏している。続ける人たちの仕事があります。
これは、会社でもクラブでも、大切なことだと思います。
自分がいる間は、自分が頑張れば何とかなるかもしれません。でも、経験も情報も判断も、全部一人で抱えていたら、次の人は困ってしまいます。
会長の任期は一年です。
その一年で何をするかは、もちろん大切です。でも、もう一つ、考えておきたいことがあります。自分の任期が終わったあと、クラブに何が残るだろうか。新しい役割に挑戦した会員がいる。活動の経験や、地域の方とのつながりが、次の人へ伝わっている。若い会員が、自分の意見を言っていいのだと思っている。
そういうものも、次年度に渡せる大切な成果ではないでしょうか?
引き継ぐのは、書類や役職だけではなく、「自分もやってみよう」と思う人や、互いに相談できる関係でもあるのだと思います。
奉仕とは、自分が何かをしてあげることだけではないのかもしれません。
誰かが力を発揮できる場所をつくること。
誰かに機会を渡すこと。
自分が一歩引くことで、別の人が前に出られるようにすること。
それも、一つの奉仕なのだと思います。
映画は、まだ観る機会を探したいと思っています。
その前に私は、例会でも委員会でも、もう少し皆さんの音を聴いてみたいと思います。
自分が音を足す前に、誰かが何かを始めようとしていないか。言いかけたことがないか。その音が出てくるのを、少し待ってみたい。
いいクラブとは、会長が目立つクラブではなく、会員全員がスウィングしているクラブなのかもしれません。
そんなクラブを、皆さんと一緒につくっていきたいと思います。
ありがとうございました。
折角なので途中で出てきた「シャイニー・ストッキングス(Shiny Stockings)」をご紹介して終わります。
サックスセクションの美しいアンサンブルが際立つ、モダンで優雅なスタンダードナンバーです。
1.映画『カウント・ベイシー』公式サイト
映画の内容紹介。
https://www.du-cinema.com/count-basie
2.National Endowment for the Arts(米国芸術基金)
William “Count” Basie
https://www.arts.gov/honors/jazz/william-count-basie
3.National Endowment for the Arts
Frank Foster/Molly Murphyによるインタビュー(2008年1月10日)
1953年の入団、ベイシーからの励まし、作曲・編曲の機会、「Shiny Stockings」についての本人の回想。
https://www.arts.gov/honors/jazz/frank-foster
4.Smithsonian Transcription Center
The Negro Motorist Green Book
人種差別の時代に、黒人の旅行者が利用できる宿泊施設・飲食店などを紹介した案内書について。
https://transcription.si.edu/projects/nmaahc/7955
5.映画『グリーンブック』公式サイト
ドン・シャーリーと運転手の南部演奏旅行を描く作品の紹介。
https://gaga.ne.jp/greenbook/about.html
6.Rutgers University, Institute of Jazz Studies
Count Basie family papers and artifacts
妻キャサリンの公民権・福祉・教育分野の活動。
https://archives.libraries.rutgers.edu/repositories/6/resources/523
7.The Count Basie Orchestra公式サイト
Biography
楽団員の作曲・編曲を奨励したこと、1984年のベイシー死去後の楽団の継承と活動。
https://thecountbasieorchestra.com/bio/
8.国際ロータリー
若い世代の職業人とともに:継続的に価値を提供する
職業経験やスキルを生かした地域への貢献、メンター制度、リーダー育成など。

ワールド大阪ロータリーEクラブ
SAA永井 純(服飾企画・製造・販売)
SAAより、ワールド大阪ロータリーEクラブ第733回例会の出席報告をさせて頂きます。■会員総数:23名
■今週の出席:23名
■今週の出席率:100%
以上です。
幹事報告

ワールド大阪ロータリーEクラブ
幹事角谷 智志(生命保険代理店業)
・各位メッセージボードをご確認ください。

ワールド大阪ロータリーEクラブ
永井 信孝(保証業・警備業)
アジア・アジアパラ競技会への挑戦と万博での学び
皆様、改めましてこんにちは。本日はこのような貴重な卓話の機会をいただき、心より感謝申し上げます。
私は前年に引き続き、今年もまた非常に大きな世界的イベントに業務として従事させていただくこととなりました。本日は、昨年の経験と現在進行形で携わっております「アジア・アジアパラ競技会」での挑戦、そしてそこから得た学びや気づきについてお話しさせていただきます。

思い返しますと、昨年の「大阪・関西万博」では、会期中の約200日間にわたり、現地で日々汗を流してまいりました。200日という期間は長いようでいて、あっという間に過ぎ去った濃密な時間でした。現場では、実に多種多様なバックグラウンドを持つ方々とコミュニケーションを重ねる日々でした。世界各国から訪れるゲストの皆様はもちろんのこと、国籍も言語も文化も異なる多国籍なスタッフたちと共にひとつのプロジェクトを作り上げていくプロセスは、一筋縄ではいかないことも多々ございました。
しかし、言葉や文化の壁を越え、お互いを尊重し合いながら共通の目標に向かって協力し合えた瞬間には、言葉に尽くしがたい深い感動がありました。万博という多様性の象徴のような現場で過ごした200日間は、私にとって視野を大きく広げ、人との繋がりの尊さを再認識させてくれる、大変素晴らしくかけがえのない経験となりました。
そして今、私はその万博で得た素晴らしい思いや経験、そして学んだコミュニケーションの姿勢を胸に、新たな大規模イベントである「アジア・アジアパラ競技会」の現場に参画させていただいております。
今回携わらせていただいているこの大会は、まさに「アジアにおけるオリンピック・パラリンピック」とも言える非常に大きな舞台です。前回の万博も世界的なイベントでしたが、今回の競技会はまた全く異なる異質の緊張感と熱量に満ちあふれています。何より大きな違いは、私たちが向き合う対象が、世界トップクラスの頂点を目指して日夜厳しい鍛錬を積んできた「選手団」の皆様であるという点です。
アスリートの方々は、それぞれの国や地域の期待と誇りをその背中に背負い、この日のために血のにじむような努力を重ねて現場にやってきます。彼らの勝負にかける真剣な眼差し、試合前後のピンと張り詰めた空気感、そしてチームとして共に支え合うスタッフやコーチとの強い絆を間近で感じるたび、私自身も身が引き締まる思いがいたします。

万博が「異文化の交流と未来への共創」を体感する場であったとすれば、このアジア・アジアパラ競技会は「人間の可能性への挑戦と、スポーツを通じた情熱の結集」を目の当たりにする場だと感じております。万博で培った「多様性を受け入れるコミュニケーション力」をベースにしながらも、アスリートの皆様が最高のパフォーマンスを発揮できるよう細やかな配慮とサポートを行うことは、私にとってまた新しい次元の成長機会となっております。
国境を越えた多様な人々との出会いに満ちていた万博、そして人間の限界に挑むアスリートたちの情熱と誇りに触れるアジア・アジアパラ競技会。この二つの世界的規模の大イベントに連続して関わらせていただけたことは、私の人生にとっても大きな財産であり、大きな誇りです。
この二つの現場で得た貴重な経験、広げた視野、そして人と人との温かい繋がりを決して一過性のものにすることなく、今後の仕事や地域社会への貢献、そして日々の活動へとしっかりと還元してまいりたいと考えております。
ご清聴、誠にありがとうございました。







